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家事の合理主義
家事がめんどくさいと感じるのは
家事を「義務」だと感じるからだと思ってた。

俺が家事の中でも一番嫌なのは「洗濯」です。

と言っても…洗濯物を洗濯機に放り込むのはわけないし、晴れてたらまっさきに「布団を干そう」「洗濯物を干そう」と思う人間なので洗濯物を干すのも嫌いじゃない。

嫌いなのはその後。

洗濯物をたたむ という作業と たたんだ衣類を収納する という作業。

どうせ着るんだからそのへんに置いておいても一緒、って心の奥で感じてるんじゃないか?と思ったわけです。

でも、同じ「しまう」という作業でも、食器類をしまうのは平気。

…よく考えると…「しまわないと狭くなって不便」だからなんじゃないかな…。

衣類→「しまわないほうがすぐ着れて便利
食器→「しまわないと調理場が狭くなって不便」

つまり、俺が物事を判断している基準は「合理的かそうでないか」ということになる。

俺の根底にあるのは合理主義なのか?

合理主義だ、ということが「要領がいい」ということなのならこれは喜ぶべきことなのかも。

でもその合理主義によって、部屋が片付かないという状況が続いているわけで。これが俺の根底にあるものだとすれば、何か革新的な状況がこないと直らない気もする。

合理的、を抜け出したところにもまた新しい見方がある気がする!

とりあえず…
部屋を片付けてみようかな(* ̄∇ ̄*)
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【2006/01/30 01:49】 | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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